002 凸凹道をゆく 2004年10月
岡山大学環境理工学部環境デザイン工学科 教授 谷口守

 出張に出ることの多い小生はいつも巨大なショルダーバックを使っている。実はこれ、何を隠そう移動動物園ならぬ移動研究室なのだ。小生の研究室に積まれた有象無象の郵便物、雑論文、事務書類をそのままどっさり放り込み、新幹線や飛行機の中で目を通すと、そのうち半分以上は東京駅や羽田空港のゴミ箱行きとなる。脳みそを使うより足で動き回って仕事している小生にとって、使いやすい出張かばんは最も大切な商売道具といえる。思えば今から15年前、京都で博士課程の学生をしている時に、結婚する前のかみさんがあまりにも小生が使っていた手提げ袋がみすぼらしいと思ったのか、寺町のかばん屋に並ぶショルダーバック群の中から選んで買ってくれたものである。何のブランドというわけではないが、ただ頑丈なだけの地味で大きなかばんである。以前に勤めていた筑波大から東京へ半日会議に出るときも、またアメリカに一週間海外出張に出るときもいつもこの同じショルダーバックを使い、同僚にはあきれられていた。大は小も兼ねるのだ。

 しかし、15年も使っているとかみさんといっしょでこのかばんもかなりくたびれてきた。買い換えようと思ってデパートなどのかばん売り場を回ってみて驚いた。もうこんな大きなショルダーバックはどこにも売ってないのである。同じくらいのサイズのかばんといえば、皆全部キャスター(車輪)がついており、取っ手を引いて地面を転がすタイプしかない。どの店の前にもそのような中国製キャスター付きかばんが山積みされているのである。かばんのデザインにも流行りすたりがあるんだな・・・と思い、何となく納得できない気持ちでその中の一つを購入した。

 さて、この新しいキャスター付きかばんに荷物をつめて旅に出ると、それは実に機嫌よくなめらかな舗装の上をころがってついてくる。2〜3回出張に使ったところで小生は、はたと一つの考えに行き着いた。かばんのタイプがこのように変わったのはデザインの「流行りすたり」のせいではない。それは、日本の「道」が変わったせいである。そうではないか? 15年前といえば雨が降ればぬかるみができるような凸凹道がまだかなり街中に残っていた。エレベータやエスカレータが備わったターミナルもまだ少なく、街は段差だらけだった。バリアフリーなどという怪しい言葉もまだ存在しなかった。凸凹道をゆく旅行者にとって荷物は肩にかつぐのが当然で、キャスターなどをつけて転がして運ぶ方がむしろ扱いにくかったのではないか? 道の進化は我々の生活にかような大変革をもたらしたのだ。そうだ、これはきっと新しい発見に違いない。

 小生はこの新発見をさっそく周囲に吹聴した。「なるほど、そうかもしれないね。」という気の無い多くの返事に混じり、ある先生からは見事なカウンターパンチが返ってきた。「それは道がよくなったからじゃなくて、日本人の体力が落ちたからじゃないの?」

 かばんに車輪がつくようになったのは道が進化したからか、それとも人間が退化したからか、どちらが一体本当の理由なのでしょう。皆さんはどう思われますか?

   著者プロフィール
 谷口 守
 (たにぐち まもる)
 谷口守


経歴
1989年3月 京都大学大学院工学研究科博士課程交通土木工学専攻 単位修得退学
1989年4月 京都大学工学部助手
2002年4月 岡山大学環境理工学部教授 現在に至る

主な著書
木下・高野編:参加型社会の決め方、近代科学社、2004.(共著)
青山編:図説 都市地域計画、丸善、2001.(共著)
社会公共政策研究会・三菱総合研究所:社会公共政策への提言、日本工業新聞社、2000.(共著)
Ed. by J.Brotchie, and P. Newton, et.al.:East West Perspectives on 21st Century Urban Development, Ashgate, 1999.(共著)
交通と環境を考える会編:環境を考えたクルマ社会、技報堂、1995.(共著)
Ed. by P.Hall and M.Batty et.al.:Cities in Competition, Longman, 1995.(共著)
 その他論文等多数


道経研ウェブサイトに戻る

©Institute of Highway Economics. All rights reserved. <webmaster@ins-hwy-eco.or.jp>