020 自転車が都会を走る! − ヨーロッパの自転車利用事情 2007年11月
愛知大学経営学部 准教授 二村 真理子

「すごい勢いで走ってきますからね。轢かれないように気をつけてください。」コペンハーゲン中央駅近くで現地ガイドさんに注意を受けた。この"走ってくるもの"とは自転車である。一国の首都の中心部だけに片側複数車線の車道には絶え間なく自動車が走って行くが一番外側の車線は自転車道となっていて、これが結構な交通量なのだ。通勤時間などは、信号待ちの自転車通勤の人たちが列を作っているほどである。デンマークに限らず北欧の国々では自転車が盛んに利用されてきた。2000年に訪れたノルウェーでも、ロード・プライシングで得た収入を自転車道の整備にあてるなど積極的な投資も行っており、既に自転車は重要な交通手段として認識されていた。

さて、自転車の積極的な活用は北欧ばかりではなくヨーロッパ諸国にも見られる傾向である。今年(2007年)の7月からパリ市内ではヴェリブ(Ve'lib')という貸し自転車が設けられている。今年の8月末に何の知識もないままパリを訪れたのだが、ノートルダム寺院近くの広い歩道になかなかおしゃれなグレーの自転車がずらりと並んでおり、私の目をひくに十分であった。落ち着いた街の雰囲気に合わせて自転車も色合いを抑えたのかもしれないが、地味にはならず、むしろ街になじんで見えた。



このヴェリブであるが、会費は1年29ユーロ、1週間で5ユーロ、または1日1ユーロと3プラン用意されている。また、使用料は最初の30分までは無料、次の30分は1ユーロなので、1時間程度の利用であれば旅行者でも会費を含めて2ユーロで利用できることになる。レンタサイクルのポイントはおおよそ300mごとにあり、今年末までに台数を2万台超にまで増やす予定であるという。さらに自転車の回転率を上げるための料金設定の工夫として、使用時間が長くなるにつれて利用料金は段々に引き上げられている。

このシステムはパリっ子たちに浸透しつつあるそうである。同制度の導入の目的として、まずは大気環境を改善すること、そして健康を維持することがあげられていた。そういえば、先日、このヴェリブが日本の女性誌で「パリの新しいダイエット手段」として紹介されていた。まぁ、環境のため、健康のためなどと硬いことを言わず、あの美しい街並みを風を切って走るのは何とも心楽しいことである。

パリの寒さを思えば真冬は利用が減るのでは、という意地の悪い憶測も出来ないこともないが、現段階ではまずまずの成果を上げているとのことである。成功の鍵は、市内のあちこちにデポがあるため借り易くかつ返却しやすいこと、そして利用代金が安いこと、加えて急速に自転車道の整備が進んでいることも要因として指摘可能であろう。ブーローニュの森に程近い場所にいつの間にか、車道の真ん中のレーンに細いながらも2車線の自転車道が出来ていた。これは、本気で自転車という交通手段を活用しようとする意思の表れのようにも思えた。

一方、わが国では、自転車はどの程度活用できるのだろうか?貸し自転車、自転車道、いずれも実施例を聞くが、限定的な観は否めない。ヨーロッパの実施例で言えば、東京の真ん中、例えば有楽町や日比谷あたりに自転車道が通っているイメージだろうか。諸外国の通勤事情とかなり異なるため、やはり日本で、特に東京で家から職場まで自転車通勤することを想像するのは厳しいかもしれない。また、梅雨の長い日本では、ある一時期は自転車に乗れない日が続くことも十分予想できる。ちなみにコペンハーゲンのガイドさんによれば、若い世代は雨の日であってもぬれながら自転車を使うそうである。ただ、職場にシャワーがあるので、ずぶぬれのまま仕事をしなくてはならない状況ではない。自転車を通勤に活用してもらうには、このような職場環境の整備も必要になるということであろう。

また、自転車は自動車に比べ規制も緩く、自由に活用されている側面があることは否めない。よって自転車の活用により、歩行者は新たな危険にさらされていることも認識に含めるべきであろう。特にこれから乗る人も歩く人も高齢者が多くなるわけであり、十分な走行技術の指導とやはり専用道の整備が必要とされてくるのかもしれない。

京都議定書の第1約束期間がいよいよ2008年から始まるが、自動車利用を少なくするためのあらゆる努力が払われている。いずれにせよ自転車の活用がどの程度の成果をあげるのか、新たな報告を待ちたいところである。



   著者プロフィール
 二村 真理子
 (ふたむら まりこ)

 



経歴
1995年 東京女子大学文理学部社会学科卒業
     一橋大学大学院商学研究科修士課程入学
1997年 一橋大学大学院商学研究科博士後期課程入学
2001年 一橋大学大学院商学研究科博士後期課程単位取得の上退学
     愛知大学経営学部講師に着任
2004年 愛知大学経営学部助教授に昇格(2007年より准教授)
2006年 一橋大学博士取得(商学博士

受賞歴
2001年 道路と交通論文賞

主な論文
「地球温暖化問題と自動車交通−税制のグリーン化と二酸化炭素排出削減」,日本交通学会 『交通学研究』1999年研究年報 p.137-146 2000年.
「企業における物流改革 − サッポロビール株式会社を事例として」, 『日本物流学会誌』,2005年.
貨物輸送関連の地球環境政策 ―モーダルシフト推進の方策―,『海運経済研究』,2005年.
「環境制約下の交通政策」〜地球温暖化問題に対する経済的手法の適用可能性〜,2006年 博士取得論文.


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